農業への思い(2)

 
 北海道別海町への農業研修出発は全員大阪駅に集合し、急行日本海で青森、青函フエリー、札幌、別海と、若いとはいえ疲労困ぱいだった。

 特に急行日本海は一日中乗っていたようで、辛かった。夜出発し、日が昇って、日が暮れてと精神的にも辛かった。半端な時間ではありませんでした。

 農業研修は、酪農家が夏に牧草を刈って牧草のサイレージ(牧草の漬物)を作る作業でした。毎日広大な牧草地をチョッパーで刈って、その後ろを大型トラックが追いかけてきて刈った草をキャッチする。
 
 結構牧草ロスもすごかったと思います。2週間毎日この作業。すべての人が農業機械を持っているわけではないので、数件の農家が機械、労働を提供しあうようです。労働力が不足していたので学生を活用したようです。結構楽しかったですが。

 この研修での思い出は、次のようです。

  ①朝4時に起床し、牛15頭の搾汁、牛の放牧、ぼろだし、搾汁したミルク缶を冷水場所まで運ぶ。これが結構きつい。その後草刈作業へ出発。

  ②小学校夏休みの注意事項に、自動車の運転練習をやらない。人手が足らないので小学生にも運転させるんですね。研修中に、トラックのタイヤが溝に落ちました。私とお父さんが車の後ろでもちうあげながら小学低学年の子供が、父親の指示でアクセルとブレーキを操作していました。子供は全く前が見えません。

 ③お隣との距離は 400m離れており、お隣に人らしいのを見つけると大きく手を振ると向こうでも手を振っているように見える。本当にお隣との距離感が凄い。今でもその距離感を体感出来ません。

 ④空がめちゃ近い。星の数が半端ではない。付近に電燈がないし、全くの暗闇しかありません。感動と畏敬の念を覚えました。

 ⑤中間日に町主催のパーティーをがあり、牛乳や牛の足一本丸焼き肉等 が提供され圧倒されました。牛乳や肉を目いっぱい食べようと意気込んでましたが当時食べなれていないため、沢山食べられませんでした。

 ⑥作業中にキタキツネが突然現れたこと。
 
 この別海町で農業を目指している人がいました。なる方法は2つ。

 ①跡取りのいない家に養子になること  
 ②一生懸命農家で作業し、町役場の人に認めてもらい、多額の借金をして 農業をする。 

 この現実を見て、農業を行うことを断念しました。
当時は 農地を持たないものが農業をすることは、殆ど無理。
農地を借りることも殆ど不可能という時代だったと思います。


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